プロフィール

白倉 栄一 (ナレーター/バリアフリーアドバイザー/動画編集者)

千葉県船橋市生まれ、茨城県美浦村育ち。

1995年イオンリテール株式会社(旧:ジャスコ(株))入社。

1996年の入社2年目(24歳)の夏、交通事故に遭い、医師から一生車子生活と宣告を受ける。

寝たきり・リハビリを経て1年半後に職場復帰を果たしたものの、ハンディキャップがあるとステップアップするのが厳しいと不安を感じる。

仕事の進め方を工夫し、実績を重ねていき、一般社員に混じった厳しい競争の中で、38歳の時に店舗の人事総務課長に就任する。

従業員のモチベーションを上げることに力を注ぎ、職場環境が変わり、お客さまへのサービスレベルも上がった結果、2013年下期の社内の顧客満足度調査で全国449店のイオン店舗中第1位の店舗として表彰される。

また店舗のクレーム対応の責任者としても力を発揮し、車椅子ユーザーであっても様々なことができる事を証明する。

また仕事の傍ら、全国47都道府県にある1000件以上のバリアフリースポットを調査し、2016年には日本1周の旅を果たす。

現在は、今までの経験を踏まえ、車椅子になっても暮らしやすい世の中にしたいと思い、20年勤めた会社を退職し、バリアフリー(設備・接客応対など)のコンサルティングやYouTubeやPR動画の制作などを行っている。

2024年4月には初著書「いつも仕事が速い人が大切にしていること」(KKロングセラーズ)を執筆し商業出版として発売している。

その傍ら、長年の動画編集経験と滑舌トレーニングを積み重ね、**「聞き取りやすく、伝わるナレーション」**を得意としています。

企業PR動画やドキュメンタリー、ニュース風ナレーションなど、さまざまな用途に対応可能。

自宅スタジオ・SHUREマイク使用/高品質な音声納品に対応。

「映像編集者ならではの、映像に馴染むナレーション」をお届けします。

打つ手は無限

私は1996年9月1日に交通事故に遭い、障害者となりました。

一度傷ついた脊髄は二度と治ることはないという意味で一生車椅子生活になると言われました。

宣告を受けたときは「もう一生が終わった」「この先、生きていてもお先真っ暗」だと絶望を感じて泣きまくったことを覚えています。

それでも父の言葉によって障害を受け容れることができました。

「今はおまえの脊髄損傷は治せないが、5・10年後は誰も分からない。5年前に今のような生活を想像できただろうか?想像できなかったはずだ。だから未来はきっと変わるにちがいない。お前がしておくことは、きちんと治療のための準備をしておくことだ。 まずはお金を貯めること。いつでも手術ができるような状態にしておくこと。そして手術ができる時に備えて身体を整えておくこと。そうすることできっと歩けるようになる。これがお前のやるべきことだから常に前を向いて生きろ!」

と言われたことによって、私の気持ちが変わりました。

未だに私は歩けるようにはなっていませんが、諦めていません。

夢は絶対に叶うはずだと思っています。

これからの5・10年後は、誰も分からないと思っています。

現在では当たり前になったスマートフォンだって、10年前には想像できたでしょうか?誰も想像できなかったはずです。

だから未来に何が起こるか分からないんです。

ノーベル賞を受賞した山中教授のiPS細胞によって、もしかしたら一生車椅子生活と言われた人でも歩ける日が来るんです。

私に希望の言葉をくれた父は、残念ながら18年前に他界しました。

私の歩ける姿はみることができませんでした。

でも父は長年趣味も持たずにもくもくと働いたお金を私のために残してくれました。

「私が残したお金は、お前が歩けるようになるために使いなさい」と言ってくれました。

本当に感謝しております。きっといつか歩ける日を目指して諦めずに頑張りたいと思っております。

「車椅子で生活しやすい環境を創る」ためにこれからも夢に向かってチャレンジしていきたいと思っております。

諦めることはありません。

辛い時苦しい時は誰かが支えてくれるものです。

そして誰かが辛い時はあなたが支えてあげて下さい。

障害があっても健常者であってもお互いが助け合うことで諦めることのない社会になるはずです。

「ONE FOR ALL, ALL FOR ONE」(1人はみんなのために、みんなは1人のために)

それがあればきっと苦しい時でも立ち上がれるはずです。

ぜひとも夢に向かって頑張っていこうじゃありませんか!

もし何かお役に立てることがあればいつでもご連絡ください。

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